【コラム】株式譲渡と競業避止義務

最近は、対価が数百万円から2~3千万円程度の、中小企業を対象とした比較的規模の小さいM&Aが活発に行われるようになってきました。
いわゆる仲介業者もそのような案件対応ができるような料金体系のところも増え、また、買い手側が起業を考えている個人であったり、このようなM&Aに不慣れな小規模な中小企業といったケースも散見されます。

そういった事案では、双方のニーズや対応力、さらには実際の必要性からして、契約書の条項をどこまで練るべきか一つの課題ではありますが、その中でも今回は競業避止義務について検討してみます。

会社が事業を譲渡する場合には、会社法上、競業避止義務の定めがあります。
(譲渡会社の競業の禁止)
第二十一条 事業を譲渡した会社(以下この章において「譲渡会社」という。)は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(特別区を含むものとし、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市にあっては、区又は総合区。以下この項において同じ。)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から二十年間は、同一の事業を行ってはならない。
2 譲渡会社が同一の事業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は、その事業を譲渡した日から三十年の期間内に限り、その効力を有する。
3 前二項の規定にかかわらず、譲渡会社は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない。

 また、個人事業主が事業譲渡をした場合にも、商法に同様の規制があります。
(営業譲渡人の競業の禁止)
第十六条 営業を譲渡した商人(以下この章において「譲渡人」という。)は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(特別区を含むものとし、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市にあっては、区又は総合区。以下同じ。)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その営業を譲渡した日から二十年間は、同一の営業を行ってはならない。
2 譲渡人が同一の営業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は、その営業を譲渡した日から三十年の期間内に限り、その効力を有する。
3 前二項の規定にかかわらず、譲渡人は、不正の競争の目的をもって同一の営業を行ってはならない。

 これらは「事業譲渡」をした場合であり、この法律の規定を基準として、期間を短くする代わりに場所的範囲を広げるいった検討を行います。
他方で、中小企業のM&Aで利用されることの多い「株式譲渡」については、法律上競業避止義務に関する規定はありません。しかし、一般的には以下のような条項が盛り込まれることが多いでしょう。

第●条 売主は、本件クロージング時から2年間、対象会社の事業と同一、同種若しくは実質的に競合する事業を、直接または間接に行ってはならない。ただし、買主の書面による事前の承諾を得た場合は、この限りでない。

 直接または間接というのは、自ら営業することはもちろんのこと、他社に投資をしたり、顧問やアドバイザーとして同種の事業に支援等を行うことも含むという趣旨です、

 この条項は、売主である株主が75歳過ぎといったような、社長の高齢化に伴うM&Aの場合にはあまり問題になりません(むしろ「いくらでもどうぞ」といった方もおられます…)。しかし、売主の株主が若く、また別な事業をやろうと考えているような事案も増えてきており、その動きを一定程度抑制したいという買主側の不安が垣間見える場合もあります。

 他方で、特に売主が個人株主の場合、その株主に過度な競業避止義務をかければ、憲法が保障する職業選択の自由を侵害して公序良俗に反して無効となり得ることから、私人間のことであるとはいっても相当に注意をする必要があります。
 何年ならOK、どの範囲ならOKといったことは言えませんが、中小企業が本当に注力すべき分野、エリアはおのずと限られます。どういった業態で、どのエリアに入ってこられると自社の売上に大きく影響するのか、その可能性がどの程度高いかを考えながら、必要な範囲を検討していくことになるでしょう。
競業避止義務は、M&Aの場面ではないものの、退職した労働者や退任した取締役の関係で問題となった事例は蓄積されています。その場合の判断基準は①制限の期間や場所、職種の範囲の合理性 ②当該労働者の職務や地位 ③代償措置(金銭補償など)とされます。そして、期間は概ね2年程度が目安とされている状況です。
株式売却の場合に全く同じ目線で検討するものではありませんが、規制される場所が営業エリアを考慮して定められているか、期間はM&A実行後の事業把握の時間を考慮した場合に合理的か、譲渡対価が相応に高額であるか、などは考慮要素として重要になり得ます。

 事業承継やM&Aでお悩みの場合には、専門家に話を聞いてもらうことも有効です。
(弁護士・中小企業診断士 中村紘章)