【コラム】脱ハンコに向けた対応

最近、「脱ハンコ」「押印不要論」が声高に叫ばれています。ハンコ屋さんの気持ちを思うと何とも言えませんが、デジタル化が進み、認印も安く簡単に手に入るこの状況で、「押印されている」ということの意味が難しくなっていることは確かです。

ただし、私たちの業界は「ハンコ大好き業界」です。FAXが大好きなことと相まって、私も「ハンコを押したものをFAXする」という作業のために事務所に行くことがあります。もちろんやろうと思えば事務所外でもできますが、プリントアウトして押印し、PDFにしてFAX送信という流れを情報管理も意識しつつ外でやるとなると、場所を選びます。

さて、今回は、私たちの業界のことは横に置いて、契約書の脱ハンコに対する政府見解をご紹介しつつ、コメントしてみたいと思います。

令和2年6月19日に内閣府、法務省、経済産業省が共同で「押印についてのQ&A」というペーパーを公表しています。公表時の法務省のサイトのコメントは以下の通りです。

「今般、テレワークの推進の障害となっていると指摘されている、民間における押印慣行について、その見直しに向けた自律的な取組が進むよう、押印についてのQ&A【PDF】を作成いたしました。」

このコロナのために、これまでやろうとしていたことが急に進んだという印象です。ペーパーの中身は、下記の6つの質問から構成されるシンプルなものです。

問1.契約書に押印をしなくても、法律違反にならないか。

問2.押印に関する民事訴訟法のルールは、どのようなものか。

問3.本人による押印がなければ、民訴法第228 条第4項が適用されないため、文書が真正に成立したことを証明できないことになるのか。

問4.文書の成立の真正が裁判上争われた場合において、文書に押印がありさえすれば、民訴法第228 条第4項が適用され、証明の負担は軽減されることになるのか。

問5.認印や企業の角印についても、実印と同様、「二段の推定」により、文書の成立の真正について証明の負担が軽減されるのか。

問6.文書の成立の真正を証明する手段を確保するために、どのようなものが考えられるか。

 

目的が目的だけに、上記への回答も「押印無しでも法律違反ではありません。」「押印があっても、民事訴訟で完璧な証拠になるわけではありません。」という内容になっています。

例えば問1への回答は以下の通りです。

「私法上、契約は当事者の意思の合致により、成立するものであり、書面の作成及びその書面への押印は、特段の定めがある場合を除き、必要な要件とはされていない。特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、契約の効力に影響は生じない。」

その通りです。とはいえ、今まではハンコ無しの契約書には違和感があったのも事実ですが、これからはサインのみの契約書も出てくると思いますが、電子署名の活用が増えていくでしょう。ちなみに、電子契約に関しては、電子署名及び認証業務に関する法律、いわゆる電子署名法も何と平成12年に制定されています。

 

さらに、民事訴訟法上の押印に関するルールとして、印影と作成名義人の印章が一致することが立証されれば、その印影は作成名義人の意思に基づき押印されたことが推定され、更に、民訴法第228条第4項によりその印影に係る私文書は作成名義人の意思に基づき作成されたことが推定されるとする判例(最判昭39・5・12)があり、これを「二段の推定」と呼んでいますが、この「二段の推定」についてもペーパーは多くのスペースを割いています。これは簡単にまとめるならば、その人のハンコによる押印があると、その書類はその人自身が作成したと認められやすいという訴訟上のルールなのですが、この点については、他の手法で証明することもできる、書面の中身が全て正しいかは別問題、認印の場合に争われるとこのルールの適用は実は難しいといったことが言及されています。

これも全くその通りで、現場で働かれている皆さんは、契約書や稟議などの場面も含め、認印で押印されている場合の意味や重要性に対する素朴な疑問はよく理解出来るのではないでしょうか。

 

さて、重要なことは、押印を無くしてこれからどうするかです。

当然署名のみとなっていくわけですが、それに加えて、文書が正しく作成されたことを証明するための提案としては、このQ&Aの中では「書面に関するメール等のやりとりの保存」「本人確認書類の入手と保存」「電子署名などの活用」が言及されています。

当たり前と言えばそうなのですが、合意に関するやり取りもメールを通し、さらに担当部長など含めて複数名に送信して、返信まで残しておけば、あとで「全部虚偽です」とは言いづらくなりますね。

 

これまでも、「経緯を記録する」「相手とのやり取りを残す」ということは大切であったはずですが、最後の手続を簡素化する以上、過程でのやり取りを残しておくことがより一層重要になっていきそうです。

(弁護士/中小企業診断士 中村紘章)